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新・あっちゃキャンバスのブログ

お仕事絵や趣味創作のことなど、プライベート日記でもあります。

2分の1成人式

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昨日、小4娘の今学年最後の参観日でした。


最後の参観ということで授業じゃなくて、何かの発表会になるんだけど、娘のクラスは2分の1成人式でした。

「2分の1成人式」っていうのは二十歳の半分の10歳を記念してっていうコトみたい。私の時代(昭和)にはなかったヨ・・・。

 

それに向けて娘のクラスも準備してきたみたい。

娘は実行委員になったみたいなので、いきものがかりの「ありがとう」のCDを持っていったり(最後に歌うらしい)、
司会の言葉を一生懸命家で練習していたり。

本番当日も「緊張する~」といいながら学校へ行きました^^。

 

で、「2分の1成人式」本番。

教室では机を外に出して、うしろに椅子をならべて保護者の席にして、こどもたちは前にでて発表っていうスタイルで。

 

で、時間ピッタリに娘の司会の声から始まり、とどこおりなく進み、クラス全員で「ありがとう」のうたで終わりました。

 

そのあとは保護者からの感想発表タイムで、その場で自らの挙手制だったんだけど(汗)。

私は一番前のはしっこの席に座っていたので周りの保護者さんがどんな様子かわからなかったんだけど、泣きながら感想をのべているお母さんもいました。
会の途中はけっこうけっこう泣いていたみたいで。


でも私は泣かなかったんですよね。

こみあげそうになる瞬間もあったんだけど、涙まではでませんでした。


それを後から娘に責められてしまって(汗)。

 

「なんで泣かなかったの!?」

「なんで感想を発表してくれなかったの?!」

 

って。

なんで?って言われても・・・^^。

「私、司会、頑張ったのに!」って。

 

うむ~。

 

「確かに娘の頑張りに対して私の反応は薄かったかな」と思って昨夜、娘に手紙を書きました。

 

 

 

「サヤへ(娘の名前(仮名)です)

昨日は2分の1成人式の司会、お疲れさまでした。とてもステキな会をありがとう。

ママは涙を流さなくてごめんね^^。

 

でもそれは決して感動してないからじゃなくって、涙を流すことも忘れるくらいサヤに注目してたんよ。

 

数日前から司会の言葉を緊張しながらも何回もくりかえして練習しているサヤを見ていたらママも緊張してきて、
席についてるときから「どうかサヤがうまくいえますように。練習通り進めることができますように」って祈りながらサヤと一緒に緊張してたんよ。
で、サヤの宣言文のときもどんなことを言うんだろうと、期待と不安でどきどきしながら見ていて、
で、歌のときは「ありがとう」はどんな仕上がりなんだろう?作ったCDもちゃんと音がなるのかな?ってドキドキしちゃって。

 

たぶん今回のママの気持ちはお客さまの立場じゃなくて、
サヤとちょっと同じ側(準備した側)にいた気分だったから、終わってから「無事にうまくいって良かったー」ってホッとした気持ちが大きかったんよ。

 

だからってサヤの姿に感動しなかったわけじゃないよ。
司会の言葉を緊張しながらも頑張って言ってる姿は「すごい!」って思ったし、感動を通りこして尊敬さえしちゃったよ。
ママは大勢の人の前でしゃべるの苦手だから・・・(^^汗)。

 

そして最後に感想をみんなの前で発表できなくてごめんね。
心の中ではいろんな言葉や気持ちが出てきすぎていろいろ浮かんだんだけどその時は言葉にまとめられなくて。

 

サヤには伝えたいことばやほめたいことばはいっぱいあったよ。もちろんありがとうの気持ちも。
「無事に生まれてきてくれてありがとう」っていうことは、似顔絵の仕事をしているときにいつも思ってるよ。
この世に生まれられなかった赤ちゃんがたくさんいることを知ったから。
だからその子たちの似顔絵を描くときにいつも
「サヤは無事に生まれてきてくれて、そして今まで無事に育ってくれてほんとうにありがとう」
っていつも感じるよ。
二分の一成人式がなかったとしても、いつもありがとうって思ってます。

 


あ、あと一つだけ。今思いついた。突然だけど。


「しっかりしてる人」

「しっかりしてそうな人」

っていうのは別ものだと思うんよ。


「しっかりしてそうな人」っていうのは、いつもいつも他人からほめられたいって思ってる人で

「しっかりしてる人」っていうのは、神様からほめられたいって思ってる人だと思うんだ。


もちろん人からほめられるのもいいんだけど
ママは神様からほめられる人を目指してほしいなって思います。


ちょっと難しかったかもしれないけれど、自分がとても良いコトをしてその時は周りの人には気付かれなくても、
ちゃんと神様はみていて、その良いコトはぜったいムダにはならずにいつかは周りの人は別の形で気づいてくれるってこと。

忘れないでね。

 

2017年2月22日 ママより

 

っていう手紙を送りました。

 

最後の言葉はなんで出てきたかっていうと、最近の娘はやたら「実行委員」っていうものをしてるんですよね。クラスのいろんな企画の責任者的な。


いいことなんだろうけど、頑張る方向を間違えると娘自身がしんどくなるんじゃないかなって思って。

 

娘になんでそんなにたくさんの実行委員をしてるのかって聞いたら、誰もなりたがらないから・・・。だって。

ふむ~。

 

なんか楽しそうにしてるならいいんだけど、いつも「先生に怒られた」って言って深刻そうだからこっちは心配になるよ。

とりあえず何でも首をつっこんでチャレンジしてみたいんかな。
もっと自分に向いてるものや向いてないものがわかってくれば、何でも首をつっこむことも少なくなるのかもしれないけれど。

「苦手なことこそチャレンジ!!」みたいな風潮があるからかな?いや、まずは得意そうなことをチャレンジしてほしいけど。

 

 

そんなこんなで(どんな?)手紙を、今朝、娘に渡しました。

すると静かに私に抱きついてきて「ありがとう。ママで良かった・・・」って言って泣いてました。

 


ほっ^^。気持ちが伝わって一安心。