新・あっちゃキャンバスのブログ

お仕事絵や趣味創作のことなど、プライベート日記でもあります。

「人間とは寂しいものだ」

ドラマを観てたら突然でてきたセリフです。なんかハッしました。
外国に1人で旅立っていく弟を見送って、ヒロインが横にいる恋人に「1人で寂しくないかしら?」と話しかけるんだけど、その恋人が「人間とは寂しいものだ」って答えるという、なんの変哲もないシーンなんだけど。
なんかドラマの流れやキャラクター的に恋人は「大丈夫さ」とでも答えるのかと思ったら「人間とは寂しいものだ」っていきなり哲学的な言葉をいうもんだから、ちょっとびっくりしちゃいました。

でも確かにそうだと思う。真理なんだと思う。人間とは寂しいもの。どんだけ頑張っても他人にはなれない。自分と他人は同化できない。
目の前で大切な人がどれだけお腹を痛がってもその痛みを取って変わってあげることはできない。

人はきっと本能的に孤独なことがわかってる。だからこそ他人とつながりたがるし、愛されたがるのだと思う。だからこそ認められようと向上心もでてくるし頑張ることもできる。

最近思うのは「1人」と「1人ぼっち」は違うってこと。
「1人」っていうのは部屋で1人でいたり、物理的に1人で居るってことだけど、「1人ぼっち」は周りに人がいようがいまいが関係なく「一人ぼっち」。まわりに人が10人、100人と自分を囲んでいようと、自分の心が孤独だったら、心が「一人ぼっち」の状態だったらどこにいても寂しい。何をしてても寂しい。

心が「ひとりぼっち」の状態になってしまうと本当にツライ。高いところから落ちてきたボールは地面にあたるとポーンと弾んで、また高いところに戻れるけれど、ずっと地面につきっぱなしのボールが上に行こうとするのは難しい。
心が「ひとりぼっち」になるとそんな状態になる。なかなかそこから動けない。他人が信じられない、自分も信じられない、周りも自分も全てが信じられなくなる。こわくなる。そうなると本当にしんどい。

そんなどうしようもない状態から救ってくれるのは「勘違いする勇気」。そんな周りの誰にも理解されない自分の心をわかってくる存在がどこかにいるって信じること。
そんな存在が本当にいるなんて証拠はないけど絶対どこかにいるはずだと信じることで、心が少しラクになる。
たとえ「勘違い」でもそれで心が少しラクになれるなら「していい勘違い」だと思う。全然動かなかったボールが少し揺れ出すならOKだと思う。

なんか書いてるうちに自分の思春期を思い出したけど、そのツラかった時期があるから今に感謝できるんだなーとも思う。

だってあのときの寂しさを思えば、同居のわずらわしさなんて乗り越えられる気がする。人間関係のわずらわしさだって楽しさに感じる。
相手に悪意がないのであれば、大丈夫だって頑張れる気がする。

「人と接するのは苦手だけど人間は好き」

せめてそうありたい。